意味を知ればステイタスの奥深さがわかる


よく世の中でステイタスシンボルとして男であればいい時計をしたり、高級車に乗ったりすることがあります。これらは「あの人は見栄っ張り」、「格好だけつけてる」なんて言われます。特に控えめを美徳とする日本ではこれは顕著に現れます。が、しかし実際のところは違います。

意味の違いから短的に説明すると…
見栄 : 外見をよりよく、本来の自分よりも大きく見せようとする態度
ステータス : 社会的地位や身分


見栄とステイタスの意味にはこれだけの違いがあります。

どこかで誰かが「腕時計は個人の名刺、乗ってる車は休日の名刺代わり」だと言っていました。ステイタス(地位や身分)を形で示すことは、決して悪いことではありません。

逆に見栄とは、身分相応でないにも関わらず高いものを身に付けたり、外見ばかりに拘り虚勢を張ることです。こうして比べてみるとステイタスと見栄は大きな違いです。

本人が無理せず購入できる時計や車を持つことは、率直にその人の地位や身分を表しています。即金で買えるお金を持っているだけの経済力があるのかもしれませんし、たとえローンを組んで買ったものだとしても欲しいものがローンを組んだら何でも買えるのではありませんから、それ相応の収入がなければローンの審査にも通るはずがなく、ローンで買えるだけの収入と信頼を持った人であるということが言えるわけです。

ある程度話をしてみたり、たとえいい車に乗っていたとしても乗りこなし方でその人のことが単なる見せかけだけの見栄なのかステイタスなのかがわかってくるようになります。

見極められるようになれれば大人の男として尊敬されることも増えるでしょう。

「武士は食わねど高楊枝」


日本には古くからこのような江戸時代の武士のことを例えた言葉があります。意味するものは”貧しくても気品高くいることを大切にした価値観”を表した江戸時代の武士を表現したものです。

が、江戸時代の武士たちの多くは当時の政府や役人だったのです。ですが江戸時代後期に入ると商人のほうが経済的には裕福だった時期もありました。それでも武士本来の模範は無私の奉仕、誠実な生き様でした。たとえ生活が貧しくて食事を満足に出来ない状況にあったとしても、満腹を装って楊枝を咥えてみせる…。それが武士であることの誇りを示した当時のステイタスになっていたのです。なんとも男らしいエピソードだと思います。

武士は食わねど高楊枝とは現代ではやせ我慢して見栄を張っているという皮肉な意味でつかわれるようになってしまっていますが、言葉の意味を海外の人に英語で説明するとき、 ”He never shows his weakness even when the situation is difficult.” =日本語に直訳すると「状況が難しいときでも、彼は決して弱さを見せません」とされます。どちらかというと見栄というよりは尊厳、プライドの保持といったところでしょうか。

武士道を貫くためにステイタスとして行っていたつま楊枝の使い方。これこそ男の美学です。格好ばかりに拘る中身のない人間とは雲泥の差です。


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